トップページ > オレンターノPRESS > Vol.10 吉田恵コーチ インタビュー

オレンターノPRESS

Vol.10 吉田恵コーチ インタビュー

いつでもチャンスを活かせる様、日々精進!
サッカーを始めたのはいつからですか?
サッカーを始めたのは中学1年生からです。しかも野球部が無かったからサッカー部に入ったというのが動機です。中学から始めるなんて今では考えられませんが、当時はまだ野球が主流の時代でしたので珍しいことはなかったんです。体が大きくパワーはありましたが、技術的には全然ダメでした。ただ、「うまくなりたい!」という気持ちは人一倍あって、また仲良くしていた近所の先輩がサッカーがうまくて練習熱心だったので、時間を作っては二人で夜練をやっていました。懐かしいですね。そのお陰もあり、パワーとともに技術的にもレベルアップしていき、高校、大学とサッカー部で頑張りました。
選手としてはどのようなチームに所属されていましたか?
大学卒業後、ヴェルディ川崎に入団、その後は、神戸、千葉、広島、鳥栖に所属し、2007年に現役を引退しました。
ヴェルディ川崎時代は、ラモス監督がバリバリの現役で大活躍されている頃です。同じチームに所属していても、トップチームの選手に近寄ることもできず、いつも羨望の眼差しで見ていました。今その憧れの方と同じチームで、指導ができるというのは本当に光栄に思っていますし、何とか監督の力になりたいと思っています。
指導者としてはどのような経歴をお持ちですか?
最初にお話をいただいたのが、サンフレッチェ広島のジュニアユースコーチでした。中学1年の担当だったのですが、成長期でもあり指導する立場としては大変難しい世代だったんです。試行錯誤しながら彼らに寄り添い、サッカーの技術とともに人としてのあり方も伝えるなど、私の方もたくさんのことを学んだ1年でした。その後、出身高校と縁のある中京大学、選手時代にお世話になった鳥栖を経て、岐阜に来させていただきました。
実際に岐阜でコーチをされていかがですか。
これまでいろいろなチームで選手として、また指導者としてやってきました。やはりJ1の選手はいろいろな面で意識が高いと感じます。練習も試合中も、試合に出られずベンチにいるときも、ケガをしたときも、プライベートでも。常に子どもたちの憧れ、ファンを裏切らないというプロとしての自覚を持ち、常に更に上を目指す姿勢なのです。
もちろん、岐阜の選手も皆その意識を持っているのですが、自分で壁を作っているように感じるんです。持っている力を充分発揮できていない、もう一歩で次のステージに行けるのに、と思うんです。
私は監督の元で、彼らのそうした殻を破り、一人ひとりが存分に力を発揮してチーム全体として大きく飛躍できるように、精一杯がんばりたいと思っています。まだまだ伸びしろがありますし、少しずつ手応えも感じています。どうぞよろしくお願いいたします。
最後に、差し支えなければご家族のことを少しお聞かせください。
今は岐阜で一人暮らしです。家族は妻の実家に近い大阪で暮らしています。高校1年生の長男を頭に、長女、次男、と3人の子どもがいますが、彼らの成長過程を見る事ができず寂しいですし、妻には本当に感謝しています。その分まで、頑張らないとと思っていますよ。
  • name

オフィシャルスポンサー

相互リンク

ページの先頭に戻る